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2019.4.2

ヤンキーインターンから初の進学。掴んだ慶應義塾大学合格 ~挑戦者の素顔~KOTA(18)

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「親を恨んだ時期もありました。」
窓に映る雨を見つめ、スーツ姿の彼は、はっきりと呟いた。

流れる沈黙を感じ取るかの様に、堅い表情が解ける。
「でも、全ては僕の”意志”に繋がっていると気づいたんです。」

ルーツは日本と中国。強い信念のもとに社会を見渡すKOTA。
「挑戦者の素顔」では、ヤンキーインターンの参加者にインタビューを行い、その素顔に迫ります。中卒や高卒として歩んできたこれまでの人生や、地元を離れ上京した若者のリアルを届けます。

二つの文化の中で

飛行機の中で聞こえてくる二つの言語が、幼少期の思い出です。
中国人の母と日本人の父との間に生まれた僕の身体は、自分の思いと関係なく海峡を何往復もしました。
両親は僕が生まれる前に離婚。元来起業家気質の母親は12歳の僕を連れて中国に戻り、新たにビジネスをはじめました。最初は新しい友達ができることに喜びを感じることもありました。しかし、母親の都合で日本と中国を一定期間ごとに移動することになると、喜びよりも面倒臭さが勝るようになったんです。
深く関わっても、また離れ離れになるのであれば…そう思うと新たな友人とも距離を置きがちになりました。
そんな僕を見兼ねてかどうかは分からないけれど、中国人の祖父母がいつも側にいてくれました。「もう何度も聞いたよ」と飽き飽きしたこともありましたが、中国と日本の歴史話は僕にとってBGMであり子守唄でした。

不自由さは、思考を自由にした

中立的な祖父母や両親のお陰で、どちらか一方の国に偏った意見を持つことはありませんでした。ただ、一番の違和感は双方の国の教育方針でした。

Why,なぜ?を賞賛される中国
Yes,はいを賞賛される日本

中国では求められていた探究心の向上が、日本の学校では拒絶されました。何度も何度も先生と論戦になりました。なぜ、この先生はこんなに自分の意見や教科書の内容を正しいという前提で僕に押し付けて来るんだろうか。
悶々としながら、学校から帰っていた僕の脳裏に祖父母の言葉が思い出されました。
「国ごとに主義があり、主義の裏に国家があり、国家の裏に歴史的な背景があるんだよ。」

そうか、先生がおかしいんじゃなくて、これは日本の教育的方針なのか。
そう気づいてからは、歴史に対する興味が止まらず、朝から晩まで、歴史、言語、主義など、僕たちの身の回りにある背景を勉強し続けました。
一方で、答えを暗記しペーパーテストによって優劣を決められる日本的教育とは遥か遠い場所に来てしまいました。
ついには、先生の勧めにより特別支援学級に入れられることもありました。理由は明白でした。

日本的教育の中で踠いていた僕の、細く磨り減った糸は完全に途切れてしまいました。そうして、高校を2年で中退することになりました。

全てを諦めたのではありません。
僕は教えられるのではなく、自ら学ぶことを決心したんです。自主退学でした。

リアルは、東京にあった

そこから僕は歴史の渦の中にどんどん潜り込んでいきました。
国ごとの文化や主義。資本主義や共産主義、社会主義など、それぞれに賞賛すべき点があります。でもなぜ、上手く機能しないんでしょうか。どうすれば、それぞれの良いところを活かしあい、世界を良くできるのでしょうか。

僕が感じた不自由さを、二度と探究心の高い若者達に感じさせない様にするにはどうすれば良いのでしょうか。
探究が進むにつれて、僕の目的は単に歴史を学ぶことではなくなっていきました。

理想論を語るのではなく、実現していきたい。
その為には、自分が良いと思う教育分野に投資をしていきたい。
でも、どうすれば…??

思考は止まらないけど、立ち止まっている自分がいました。
SNSを眺めて息抜きをしては、どうすれば良いか思索にふける。
そんな時、またヒントをくれたのは祖父母の言葉でした。

「今の社会の中心は資本主義なんだよ。」
そうか。世界のほとんどの国が資本主義の中にあり、自分が今いる日本も資本主義なんだ。
僕は、資本主義の何もわかっちゃいない。なのに、机上の空論をぶつけあわせていては、いつまでたっても、僕の思考と現実は結びつきません。

日本の資本主義の中心といえば…東京か。
ビジネスを体験したいが就職したい訳ではないし…
ビジネスの根幹といえば…営業?

そんなことを考えていた時、ふとTwitterに流れてきた「ヤンキーインターン」という文字を見つけました。
ヤンキーといえば、不良の様な意味の他に、よそ者といった意味がある。
これまで外れもの扱いされてきた自分にとってはちょうど良い。

僕は、身体一つで東京に向かいました。

伝えるすべを学んだ。そして決意した進学

もちろん営業コースを選びました。自信もありました。
昔から、友人とも先生とも何度も何度も討論をしてきました。
答えのないことを、理論立てて説明してきた自分にとって、商品の説明をする営業は正直楽勝だと思っていました。

しかし、実際は違いました。誰よりもきちんと説明でき、なぜこの商品が素晴らしいか、なぜこの商品が他と違うかを説明できている自信は確実にありました。
でも、お客様には伝わりませんでした。

資本主義を学ぶどころか、1つの契約も取れないのであれば、何も学べない。
そう思い、ハッシャダイのメンターと共に同行をさせてもらいました。

衝撃でした。

僕が説明している細かな部分まで一切説明をしていない。しかも、こちらの質問に対してお客様が一方的に求めていることをずっと話している。なのに、お客様は商品をよく理解し、納得して契約をしていました。
なぜなのか。全くわからなかった自分はお客様先を後にしてから、すぐにメンターに質問しました。

「なぜ、あんなに話をしていないのに、契約が取れるんですか!?」

メンターはこう言いました。

『KOTA。話すのと伝えるってのは全然違うんだよ。』

その瞬間、学生時代を思い出しました。僕はいつだって、相手の矛盾を突き、正しさを証明し、論破をして、第三者に判断してもらうことばかりを考えていました。

しかし、営業はそうじゃありません。そして、僕が成し遂げたいこともそうじゃないと気づきました。

歴史を学び、より良い社会を作る為に、自分の考えが他人に伝わり、共感を生み、全員でより良くならないとだめです。
僕は、歴史の中で、学問として特にヒトラーや共産主義や社会主義に興味を持ちました。歴史上良い結果をもたらせていない人物であり思想ですが、見方を変えると資本主義の限界を迎えた後の社会で活かせるポイントはたくさんあると思っています。
しかし、今日に到るまで、これらの領域には独裁的な様相がつきものとなっています。僕はそれを、彼らが、その思想自体が、他への”理解”を忘れたからではないかと思っています。

そんな状態に、いざ自分も陥りそうになっていたことに気づくことができました。
歴史だけを理解するんじゃなくて、他人を、自分をしっかりと理解すること。
社会と歴史と自分との接点が生まれた、この瞬間に僕はまた新たな決意をしました。

就職ではなく、進学をする。

ヤンキーインターンで経験した社会と僕がこれまでずっと誰よりも学んできた歴史を繋ぎ合わせ、自分の考えを世に伝える論文を書く。
僕が、祖父母から、母親から受け継いだ”意志”に火が灯されました。

学習と実習。挑戦する力

それから、学習と研修両立のヤンキーインターンが始まりました。
もちろん大変でした。大学には論文の提出の必要があり、研修が終わってから寝るまでの時間に遅くまで書きました。
メンターに論文に対する意見をもらい、営業で伝え方のバリュエーションが増える度に、論文の書き方もブラッシュアップをしていきました。

面白いことに研修の営業成績も右肩上がりに伸び、常に前月を超える結果を出せる様に。一度ついた意志の火は燃え続けました。

論文を提出し、合格発表を待つまでの間、一抹の不安はありました。
これまで、日本の教育制度の下では、僕は受け入れられてきませんでした。
今回も、もしかすると…何度も何度も不安はよぎりましたが、結果どうなったとしても、探求の道に進む決心が揺らぐことはありませんでした。

挑戦し続けることの大切さは、ヤンキーインターンで僕の中にしっかりと刻みこまれていました。

そして、いつも通り研修が終わり帰宅し、ふと一息ついた時に、テーブルの上に封筒を見つけました。
誰かが代わりに置いてくれてたのかな?

乱雑な感じで破いた封筒には一枚の紙が入っていました。

”合格”

興奮がおさまらず、胸がドキドキする。
残念ながら、そんなことはありませんでした。

なぜなら、これはゴールではなく新たな挑戦の始まりに過ぎないから。
それをしっかりと理解できていたからだと思います。

ただ、母親にはすぐに連絡をしました。
僕もやっと少し社会に認められたかもねって。

誰かを恨まないでよくなる社会

振り返ると、全ての経験が僕の糧になっています。
国を渡るたび、教育システムの上で否定される度、自分の存在意義を問いました。
しかし、いつだって自分の意志を曲げたことはなかったと思います。
なぜなら、僕が正しいかどうかは分からないけど、きっと世界には自分の様な悩みを抱え、自分が興味を持って突き詰めていきたいことよりも、他人と同じことを学ばされ、他人と同じ評価軸に乗せられ、ややもすると、おかしいというレッテルまで貼られてしまっている人が存在することには確信が持てていたからです。

これからも僕は適切な教育機関に投資ができる様、研究を深めていき、
いずれは自分自身で海外で教育事業を立ち上げたいと思っています。

ハッシャダイが社会構造上可能性を閉じ込められている、よそもの・ばかもの・わかものにスポットライトを当ててくれている。
僕は、自分の様に日本の教育から外れものにされている隠れた天才たちへスポットライトを当てる。
そうすれば、社会全体が今よりきっと少しでも明るく照らされるんじゃないかと、思っています。

僕が胸を張って生きていくことが、たくさんの若者の可能性を広げることに繋がります様に。

おわりに

彼が好きな言葉は”意志の勝利”
 
ドイツの政治家アドルフ・ヒトラーのプロパガンダ映像に使用された言葉だ。
もちろんKOTA自身、彼にも映像自体に対しても否定的である。

ただ、この言葉の力強さだけは、外れもの扱いされていた頃からずっと、強く彼を支えている。

ペーパーテストでは測れない思考に、私たちはどうスポットライトを当てていくべきであろうか。

「日本の教育を否定する訳では一切ない。ただ、僕に合わなかっただけなんです。天才にスポットライトを当てていきたい。」

途切れることのない探究心に、共感力を備えたKOTA。

彼の意志は、勝利へと着実に向かっている。

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